シリアのダマスカスでのクリスマスの続き。
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【1.ダマスカス旧市街】
乾いた風が、やけに冷たく感じられる。
それが頬を過ぎると、耳の冷たさが強く感じられた。
「聖アナニア教会」の近くが、キリスト教徒居住区になっているに違いない。
私はそう考えながら歩いていた。
シリアの首都ダマスカスの旧市街では、ウマイヤド・モスク周辺は、イスラーム色が強いが、この辺りになると、キリスト教関連のものが強くなる。
まるで迷路のように入り組む旧市街を歩いていた。
ここも、2階部分が「せり出した」特徴的な建物が並んでいる。
「聖アナニア教会」は、時間が遅いためか扉を閉ざしていた。
私はゆっくりと、付近を歩き回る。
ほの暗い旧市街の中に、そこがやけに明るいなと感じ、近づいたところが教会だった。
入口に、係員が立っている。
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【2.教会】
教会の中をそっと覗いてみた。
人が集まり、これからミサが行なわれようとしているようだ。
「中に入りたいのか?」
係員がそう聞いてきた。
「入っても良いのだろうか?」
「入りたいなら、入っても構わない」
私は静かに教会に入り、後ろの方の席に腰を下ろした。
ロウソクの匂いが漂ってくる。その光が、ゆらゆらと揺れ、遥か遠くから来る光のようだ。白を基調とした内装は、清潔感に溢れている。
そして、正面にはイコンが飾られている。
イコンは、正教会などでよく見られるもので、
聖人や天使などが描かれた画のことだ。
人物が大きく描かれ、筆致が古い時代を感じさせるものであり、その独得な雰囲気が、味わい深い。
天井を眺めると、シャンデリアが吊るされている。
それが、光り輝き、乱反射した光が周囲に飛び散っていた。
正面の祭壇には、十字架が飾られている。その十字架周辺には電飾が付けられ、光を放っていた。
何もかもここでは光に満ちている。
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【3.ミサ】
人々が起立すると、賛美歌が歌われ始めた。
それは、教会内部に満たされ、響き渡る。
朗々と歌われている。
ゆっくりしたメロディが長く続き、その後、メロディが変わった。
楽器による伴奏は無い。いわゆる「ア・カペラ」だ。
ゆっくりしたメロディに絡みつくハーモニー。
もう一つのメロディが追いかけるように続き、それが混ざり合い、教会に響き渡っている。
教会の柱は、コンクリートが剥きだしのまま、化粧板などは付けられてはいない。
それから、壁には大きめの画がかかっている。
歌が終わると、人々は席についた。
一瞬、静かになる教会。
ロウソクの匂いが強くなったような気がして、そちらに目を向けると、炎が微かに揺れている。
ゆらゆらとゆらゆらと。
前方の祭壇付近に、七人が進み出た。
一人を真ん中にし、その周りを六人が囲むようにして立つ。
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【4.祝福】
その七人が歌い始めた。
ハーモニー、バランス感覚、声量、声の艶。
どれもが、今までとは全く違って聞こえた。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルゥヤ!
歌が終わると、ロウソクを持った少年が進み出る。
その後ろから小箱を持った少年が続く。
小箱に目をやると、白い煙が立ち上っている。
ゆらゆらと。
お香のようなものが焚かれているのだろう。
それは、中空にしばらく漂うと拡散して消滅していく。
司祭が出てきて参加者に祝福を与え始めた。
そこで私は、そっと教会を後にする。
教会の床は、菱形模様だった。
その黒い菱形を踏みながら、教会の扉を通り抜けていくのだ。
外は、冷たい風が右から左へと吹いていた。
ダマスカス旧市街の夜は暗い。
その暗い夜の下を「真っすぐな道」の方へと歩いていく。
世界中のキリスト教会で、今夜ミサが執り行われることだろう。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルゥヤ!
あの歌声が、耳朶に残って消えることは無い。