三度、みたびである。インドのエンジニアが来日したのは。
慣れていない。慣れていなかった。
つまり、その話を聞いた時は、暗い気分になった。
「また、英語で毎日仕事をしなければならいのか」
「日本語でも、限界なのに、英語で仕事をしなければならないのだ」
それに、インドのエンジニアは、他社の所属だから、私の会社の備品の管理などできない。使う工具、道具など、私が準備しなければならないのだ。土曜日も、日曜日も出勤するほどの激務に追われていた私にとっては、重い重い課題だった。人生が押しつぶされるほどの重さだった。
1ヵ月ぐらい英語を話していなかったから、もう忘れてしまったのではないかと心配していたが、いざ、そのときになると、それは全くの杞憂だった。口が勝手に動いて(デタラメ)英語を話してしまう。まさに「盟友」として、数週間一緒に働いた仲間だ。その仲間が帰ってきたのだ。話は尽きない。英語を思い出すのではなく、勝手に口から出てくる。慣れというのは恐ろしいものなのだ。
ただし、何度も書いているように、私の英語は全くデタラメであり、英会話の面接(試験)があると、点数は極めて低い。文法のミスが多すぎるのだ。三単現のSを抜かす。それに気づいて言い直し、そうすると、何を話しているのか頭が真っ白になって分からなくなってしまう。過去形、過去分詞、現在完了など、安易に間違える。おそらく、採点基準があり、1個間違えると、マイナス○点とか決められている。だから点数は低い。とにかく間違えないように、ゆっくり慎重に話さなければならいのだ。そういうスキルが不足していた。入学試験などもそうだが、実力以下の点数しか取れない人生だった。あるいは、「それこそが、実力だ」とも言えるのか。
それが、インドのエンジニアと話していると、文法ミスなど、どうでもよくなる。故意に無視しているのか、現在形と過去形を混ぜてしまい、三単現のsなど、最初から付けない。その潔さに、私は、ほれぼれとしてしまった。日本の英語教育に文句を言うつもりはない。私の能力が足りなかっただけだ。
ただ、「英語で仕事をする」という意味では、英語の得点が最低ランクの私でも可能である。それを強調したかった。学校や職場で「英語ダメな奴」認定をされても、英語での仕事ができるのだ。もちろん、最初の頃は、家や会社で、英語の予習をしていた。今日何という話をするのか。英語ではどのような表現があるのか。そのようなことを予習してから、毎日望んでいた日々だ。
「英語ダメな奴」認定されているからこそ、普通の人の3倍は努力しなければならないと思っていた。だから、今回のインドのエンジニアとの仕事も、「無料で英語の勉強ができる、またとないチャンス」と捉えて、朝から晩まで話しまくっているのだ。そうやって、体全体に英語を刷り込んでいくのだ。それはもはや「英語」とは言えない言語なのかもしれないが。
インド人エンジニアが教えてくれたこと
- 文法とか、どーでもよい。通じるか通じないかが大切なんだ。話す内容が大切だ。もちろん、キレイな英語が話せればもっと良い。しかし、それが最優先ではない。本質は、そこではないのだ。意味がないことを悩むな。
- 楽しく仕事をしようぜ。
- 学校や会社で「ダメな奴認定」されても、それが全てではない。覚醒して凄まじい能力を発揮することもある。インドの常識と、日本の常識とは全く異なる。
- 日本は、もうすぐ滅びるかもしれないが、能力があれば、世界で生き抜ける。
- 生き抜こう。生き抜こうぜ。日本が滅んでも、世界はまだある。生き抜こうぜ。
- 俺たちはそうやって生きて来たんだ。これからも、そうやって生きていく。生きていける。国が違っても、能力があれば生きていけるのだ。
インドのエンジニアと仕事をしながら、私は数多くのことを学んだのだ。