3月から4月にかけて、私はインド出身のエンジニアと一緒に仕事をしていた。
期間は、3週間強。
しかも、その「仕事内容」は、そのインド人エンジニアに、仕事を説明して、仕事を手伝ってもらうというものだった。何でインドなのかという疑問はあるが、私に白羽の矢が立ったのは事実である。
正直、
「インド人エンジニアが来日するので、やり方を教えて」
という業務を訊いた時、それ、本当にやるのか?できるのか?いや、とてもじゃないができないだろう。仕事で使うツールを英語化するだけでも、非常な困難を伴うことが想定される。そして、それを英語で説明するのだ。
海外出張を一度も許可されていないどころか、海外関係の業務も皆無だった。もちろん、私は海外で仕事をしたいという強い希望があったが、強烈に却下され続けた。
だから、海外で業務をしたいという意欲も、いつしか、「しぼんで」しまっていた。「疲れ果てた」というのが正しい言い方かもしれない。
ともかく、20年近く、まともに英語は話していなかった。しかも、英会話も、ほぼ自己流であり、イギリスへの短期語学留学で、少しだけ異文化に触れたという程度である。
それはともかく、何とか準備を終えて、インド人エンジニアを受け入れ、英語で業務を説明する日々を3週間強、過ごしてきたのだ。
まずは、発想の転換として、「この業務は、僥倖である。英語をタダで学べる貴重な機会である」と腹をくくり、ひたすら英語の日々を送ったのだった。実際、3週間目には、それなりに英語を話すことができるようになっていた。
そしてまた、こうやってインドと密接に業務を行うことで、何かの機会に、インドへの出張があるかもしれない。とも考えて、奮い立たせた。(実際は、可能性0.1%以下だと想定されるけれども)
さらにまた、いつか会社をクビになる可能性もあるし、もし、そうなった場合、転職時の有効なツールとして、英語での仕事経験を活かせるだろうと考えて、自分の仕事の動機付けを行った。
私は、知識、経験が増えることを、喜びと感じるのだ。
さて、私が、インド人エンジニアと一緒に仕事をしているのを見ていた知人(同じ職場の人たち)に、「さすがに、何回も海外に行っていると、英語喋れるんだな」ということを何度も言われた。実際は、文法間違いまくりの、デタラメな英語であるのだが、脇から聞いていると、それなりに喋れているように、聞こえてしまうのだろう。(幻聴のようなもの)
海外を旅して、(自己流の)英語を話してきたのだ。そういう、「生き残る力」というものは、私には残っていた。それが分かっただけでも、十分すぎる程の成果だったと言える。
はっきり言って、「今からインドに行って、一緒に仕事をして来い」
と言われても、できる自信はある。
だが、この3週間、体調不良に見舞われていた。
「絶対に休めない」というプレッシャーが強烈だったし、朝から晩まで、一対一で、業務を繰り返すのだ。自分では、感じていなかったが、相当なプレッシャーだったに違いない。インド人エンジニアが、本国に帰国してから、急に肩の荷が下りた感じがした。